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東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 柳川範之教授

DXの本質的な目的である利益増大の道を
開くために業務フローの現状把握を

生成AIが人の仕事を奪うのではともいわれる今、DXによって企業が成果を上げ、未来の成長につなげるには何が必要になるのだろうか。経済学者であり成長戦略に詳しい東京大学大学院経済学研究科・経済学部の柳川範之教授に、ディサークルの業務改革ラボ所長である関戸紀仁が意見を聞いた。

Special Interview
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 柳川 範之教授
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ディサークル株式会社 業務改革ラボ 所長 関戸 紀仁

関戸

柳川先生は日本企業にこそDXが必要だと主張されています。経済学の視点から見て、日本企業のどういったところにDXが有効だとお考えでしょうか。背景にどのような変化があるからなのでしょうか。

柳川

国際政治情勢の変化などいくつかの大きな変化がある中で、DXに最も深く関係する変化は少子高齢化と人口減少、つまり働き手が不足していくことです。短期的ではない人手不足という問題にどう対処するかは日本企業にとって重要な課題です。

対処方法の1つはこれまで活躍できていなかった高齢者や女性などにもっと活躍してもらうことです。リスキリングなどによってそうした人材が活躍できるような環境を作っていこうという方向性で考えることが必要です。

もう1つがDXです。技術革新が進み、生成AIによって人が要らなくなる仕事まであるといわれている時代です。うまく活用できれば、大きなチャンスにつながります。

関戸

生成AIはこれまで人手に頼ってきた業務を置き換えられるとして大きな関心を集めており、積極的に活用に取り組む企業も出てきています。ただ、大手企業が中心で、中小企業にはまだ広がっていないと感じます。

柳川

私が提唱しているのは生成AIの会社と契約して大規模なデジタル投資を行うことではありません。技術をそのまま会社に持ち込んでも、あまり効果がありません。場合によっては、余計な資金がかかってしまう恐れがあります。大事なのは人の配置や仕事のやり方を変えることです。

技術革新が人の労力を減らした事例は、過去にいくつもありました。例えば洗濯機の登場です。昔は洗濯板での洗濯に長い時間が割かれていましたが、洗濯機の登場によって大幅に時間を減らせました。だからといって家計が豊かになったわけではありません。当時の日本社会は主婦の人が家事労働にかかる時間が減ったからといって、働きに出てお金を稼ぐような社会ではありませんでした。収入が増えないのに、洗濯機を買うための支出だけが増えれば、全体としてはマイナスです。

生成AIの導入も下手をするとこのようなことになりかねません。生成AIによって一人ひとりの働く時間を減らせても、それまでの仕事をそのまま続けているだけでは、支払う給料が変わらず、会社としてはもうからずに、生成AIを導入するための費用を払っただけということになります。

重要なのはこの浮いた時間を利用して利益を拡大する方向に持っていくことです。8時間かかっていた仕事が1時間になったのなら、浮いた7時間を別の仕事に割り振るなどの工夫をして、会社の利益増大につなげていくことが重要です。DXというのはそういうものだと考えています。

DXが持つ本質的な課題は
組織の組み替えが難しいこと

関戸

デジタルの力で効率化を進めても、仕事の割り振りや組織そのものを変えなければ大幅な収益力の向上にはつながらないということですね。DXのXはトランスフォーメーションですから、組織や業務、経営のあり方を含めた変革を伴います。

柳川

多くの企業が単なるデジタル導入に終始しているのは、業務や組織を組み替えることが難しいからです。大前提として、仕事の流れや業務の全体像を把握する必要がありますが、それができる人は少ないのが現実です。自分の部署や担当している仕事を理解しているだけでは、組織レベルの大きな組み替えはできません。

先進の技術革新を活用するためにはデジタル人材やAI人材が必要ですが、部や課という単位を超えた組織の再編ができなければ大きな成果は望めません。誰が何をしているのか、組織同士がどのように機能しているのかといった全体像を把握した上で組み替えができる人材が必要なのに、なかなかいないことがDXの課題の本質なのです。

関戸

組織の変革は多くの場合痛みを伴います。変革を断行するには、大義名分が必要です。そのためにもまず全体像を把握して、見える化する必要があるのですね。

柳川

組織を組み替えていくには相当な労力が必要ですし、とても大変なことです。しかし、日本企業にとってこのことをしっかりとやっていくことが、人手不足の時代に生産性を伸ばせるかどうかの分かれ目になります。現実にはその難しさや重要性にまだ気付いてない経営者が多いと感じています。

そもそも経営者はデジタル技術や生成AIの先端の動きについては追っていても、中身まではよく分かっていないことが多いでしょう。そこで技術に詳しい人に担当させたり、外部の専門企業に委託したりします。結局、本当の意味での組織改革にはつながらなかったりします。

関戸

生成AIやデジタルに投資しただけ、コストがかかっただけの結果になってしまうという、隠れた課題を本質的に解消するためには、どういったアプローチが考えられるのでしょうか。AIによって楽になったから別の仕事をしてほしいといわれても、すぐには対応できないでしょうし、リスキリングで能力を身に付けてもらっても、それだけでは人材をうまく生かすことに結びつけるのは難しいように思えます。

柳川

業務フローの全体像を把握することは必要ですが、足下の課題を解決するための穴埋め的な発想で臨んでも本質的な課題解決にはつながりません。定年退職で辞めた人の穴を埋めるために付け焼き刃で配置転換をしても、次々と同じ状況が生まれてきます。全体像をしっかりと把握して、改めてきちんとリフォームするという対処が求められます。

日本企業でも人的資本が注目されて、能力開発への投資が必要だといわれていますが、本来は投資よりもまず現状把握が必要です。工場がどこにあるのかを把握しないで、新しい工場の建設に投資するなんてあり得ませんよね。けれども、人材の話になるとなぜか投資の話が先に来がちです。

まず業務フローと人材の現状を把握し、生成AIやデジタル技術導入による影響を検討して、新しい業務フローに合わせて人材の配置を考え、必要があればリスキリングなどの人材投資を行い、新しい構造で仕事ができるようにしていくのが正しい順番だと思います。

関戸

生成AIやデジタル技術で仕事がどう変わるのかを考えておくことは必要ですが、それを企業の収益力向上につなげていくには、もっと長期的な戦略が必要になるのではないでしょうか。

柳川

中期経営計画などのように、自社の特性に応じて広げていける分野を特定し、企業としての長期的な戦略に合わせて、それを実現するためにどのように組織を作り、どんな人材を育て、どういった業務フローを確立するかを考えて、見直ししていくのが一番やりやすい方法だと思います。

組織や人材、業務フローもそうですが、DXも目標達成のための手段です。目指すべき方向性を明確にし、そこへ進んでいくためにデジタル化や人材育成を進めていくことが必要です。目指すべきゴールがなければデジタル化やリスキリングの推進力は生まれてきません。

関戸

このままでは立ち行かなくなるという強い危機感が変革の推進力になることもありますが、その手前でもっと積極的に取り組む方が健全ですし、精神的にも前向きに取り組めそうです。

柳川

北風と太陽という例えもできます。こうした方がもうかるといった太陽の方が明るく前向きです。実際にデジタルと生成AIによって日本企業のチャンスは広がります。このビジネスチャンスを捉えてもらいたいですね。

(左)ディサークル株式会社 業務改革ラボ所長 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修了 中小企業診断士 関戸 紀仁、(右)東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 柳川 範之教授
(左)ディサークル株式会社 業務改革ラボ所長 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科修了 中小企業診断士 関戸 紀仁
(右)東京大学 大学院経済学研究科・経済学部 柳川 範之教授

業務フローの現状把握が
会社の未来のための第一歩

関戸

業務の実態を把握するためにはグループウェアのようなツールを活用することが有効ではないでしょうか。業務をこなしながら実際の業務フローを的確に捉えることができます。

柳川

実態把握をどうやるのかは難しいところです。現場を回って細かく観察してから分析するのは現実的ではありませんから、グループウェアのようなツールを使って把握するといった方法は十分あり得ます。ただ、なんだか便利そうなツールがあるから使ってみようという導入のされ方をしている場合が多いと思います。便利なツールは積極的に使えばよいと思いますが、なんのために使うのかを見極めて欲しいですね。

関戸

問題意識を持ち、ボトムアップで先進的な取り組みにチャレンジする企業もありますが、トップのコミットメントや戦略とのリンクを常に考えておくことが重要ですね。そうでないと、どうしても目先の効率化に目が行きがちです。

柳川

海外の企業での大きな組織変革が必ずしもうまくいっているわけではありませんが、日本企業では小さな部分での労働生産性の向上に終始してしまうケースが多いですね。それを積み上げたところで、なかなか全社的な大きな改革につながらずに、生産性も大きく向上しないままになってしまいます。

関戸

優秀な人材が引き抜かれたことで事業が継続できなくなってしまう、従業員退職型倒産が増えてきているほど、人材の争奪戦が過熱しています。そうした中で中小企業が魅力をアピールする方法の1つがDXだと考えます。経営戦略の中心にDXを位置付けるべきと思います。

柳川

中小企業こそ、やりがいや使命感などお金以外の満足度をアピールすることが必要です。大企業では従業員が歯車の1つになってしまうことが多いですが、中小企業は自分が必要とされていると思える充実感ややりがいを強みにしていくべきでしょう。デジタルの活用もそうした文脈で捉えることができます。

関戸

DXに取り組もうとする方たちへ、アドバイスをお願いします。

柳川

これまでは、収入のためだけに単純作業に携わってきた人も多いはずです。DXや生成AIの発展はそうした仕事から人を解放するものであり、そこに技術革新の大きな意義があると思います。ただ、単純作業から解放されても、面白いと思える仕事を見つけられないとか、興味があっても必要とされる能力がないということで、次のステップに踏み出せない人たちがいるのも事実です。そのためにはリスキリングして能力を身に付けたり、仕事の幅を自主的に広げたりする必要があります。

面白いと思える仕事をやるために、自主的に学んで主体的に取り組めるようになれば、結果的に企業の活性化や利益拡大につながります。経営者にもそのための工夫やDXの活用が求められます。

パーパス経営でいわれるように、会社の将来にプラスになる方向性を見いだして、それに向かって会社全体を掘り下げることが会社の未来を作ることになります。そのためには業務フローの棚卸しが最初の一歩になります。


"深刻化する人手不足問題
デジタル活用・DXがチャンスにつながる"

"収益力の向上につなげるには
業務の全体像を把握し組織改革を伴うDXが必要"

"DXは目標達成のための手段
目指すべき方向性を明確にし新しい構造を作り出す"


柳川 範之(やながわ のりゆき)

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶應義塾大学専任講師、東京大学大学院経済学研究科准教授等を経て、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。新しい資本主義実現会議有識者構成員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長等。著書に『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞出版第50回日経・経済図書文化賞受賞)、『Unlearn(アンラーン)人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP:共著)などがある。

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